母が大腿骨転子部骨折に。転倒から約3か月の入院、そして退院後の変化

母の大腿骨転子部骨折の記録

2025年8月8日、母が大腿骨転子部骨折をしました。

この出来事は突然起こったように思えますが、母の介護について振り返ると、以前の転倒や父の死、そして私の介護離職など、いろいろな出来事がつながっています。

今回は、母が骨折したときのことから、手術、約3か月の入院、退院後の変化までを書いておこうと思います。

最初の転倒が介護離職のきっかけに

今から5年ほど前、母が自宅の階段から2段ほど転落して、足を捻挫したことがありました。

そのときは1か月ほどほとんど動けない状態になり、寝たきりに近い生活になってしまいました。

当時、私は仕事をしていたので、仕事に行きながら母の面倒を見ることになり、とても大変でした。

そして、その転倒をきっかけに母の認知も進んだように感じています。

母は以前から認知の傾向があったのかもしれませんが、物忘れなどが少しずつ気になるようになっていきました。

父が亡くなり、母の介護を一人ですることに

2020年3月、父が亡くなりました。

父が亡くなる前、主治医から呼ばれて話を聞きました。

父は食道癌で、もう1か月ほどの余命だろうと告げられました。

ところが、その話を聞いてから1週間ほどで父は亡くなりました。

父が亡くなる前には、主治医から母についても「認知の傾向がある」と言われていました。

私は独身だったこともあり、父が亡くなった後は母の面倒を一人で見ていかなければならなくなりました。

仕事を続けながら母の介護をすることも難しくなり、2021年10月、私は仕事を退職しました。

それから母の介護を続けています。

そして2025年8月8日、今度は母が転倒し、大腿骨転子部骨折をすることになります。

2025年8月8日、母が転倒

この日は母がショートステイに行っていました。

普段なら午後4時頃に送迎車で自宅まで送ってもらいます。

しかし、この日はお盆の法事があり、12時頃にお寺さんが来る予定でした。

そのため、私は午前10時頃、母を自分の車で迎えに行きました。

母を迎えた後、そのまま仏壇にお供えするものを買いに行きました。

そして、買い物を終えて車に乗ろうとしたとき、母が車の近くにあった輪止めにつまずいて転倒しました。

母はかなり痛がっていました。

何とか車に乗せ、いつもリハビリに通っている整形外科へ連れて行きました。

母は以前の転倒をきっかけに、リハビリに通うようになっていました。

診察の結果、大腿骨転子部骨折と診断され、手術のため入院することになりました。

お盆の法事も予定変更に

この日は12時からお寺さんに来ていただく予定でした。

母が骨折して入院することになったため事情を説明し、今回は自宅ではなく、お寺で法事をしていただくことになりました。

整形外科から、すぐ近くにある救急病院へ連絡してもらい、受け入れてもらえることになりました。

そして私は、そのまま母を自分の車で病院へ連れて行きました。

こうして、母の入院生活が始まりました。

手術を受けることになりました

母は大腿骨転子部骨折と診断され、手術を受けることになりました。

手術は、大腿骨に金具を入れ、それをネジで骨に固定するというものでした。

ところが、入院して4日後に手術についての説明を受ける予定だった前日、今度は私自身に異変がありました。

朝から体がだるく、起き上がることもできません。

熱を測ると39℃ありました。

解熱剤を飲んで、近所の薬局へ検査キットを買いに行き、自分で検査をしました。

結果は陽性でした。

私がコロナに感染してしまいました

母が入院したことは、最初は姉には知らせないでおこうと思っていました。

しかし、翌日は母の手術についての説明が予定されていました。

39℃の熱がある私が病院へ行くことはできません。

そこで姉に電話をして事情を話し、代わりに手術の説明を受けに行ってもらうことになりました。

その後、私の体調が戻るまで10日ほどかかりました。

その間の母の手術の立ち会いも姉にお願いし、見舞いも姉に任せることになりました。

私はオンライン診療を受け、解熱剤と喉の痛みに効く薬を処方してもらい、薬を郵送してもらいました。

母が骨折して入院している中で、今度は自分がコロナに感染してしまい、母のところへ行くことができなくなりました。

このときは姉に助けてもらえて、本当に助かりました。

手術は無事に終了

母の手術は無事に終わりました。

手術後はすぐにリハビリが始まりました。

手術では、大腿骨に金具を入れ、それをネジで骨に固定しました。

大腿骨転子部骨折の手術後のレントゲン写真
手術後のレントゲン写真。大腿骨に金具を入れ、ネジで固定しています。転院先のリハビリテーション専門病院でコピーをいただいたものです。


こちらのレントゲン写真は、転院したリハビリテーション専門病院でコピーをいただいたものです。

レントゲンを見ると、大腿骨に金具が入り、ネジで固定されていることが分かります。

実際のレントゲン写真を見ると、改めて大きな骨折だったのだと感じました。

1か月後、リハビリテーション専門病院へ

母は入院してから1か月後の2025年9月10日、リハビリテーションを専門に行う病院へ転院しました。

転院先も自宅から近い病院でした。

母はそこで9月10日から11月7日まで入院しました。

私は週3回ほど母の見舞いに行き、姉も週1回、母のところへ来てくれました。

姉が来てくれる日は、曜日と時間を合わせて二人で母のところへ行くこともありました。

そして帰りには、姉を車で自宅まで送っていくということを続けました。

こうした生活が約2か月続きました。

入院中に車の保険についても確認

母が入院している間、今回の骨折について車の保険が使えるのか、保険会社にも問い合わせをしました。

母が車に乗ろうとした際に輪止めにつまずいて転倒したため、今回の事故が車の乗降中の事故として補償の対象になるか確認してもらいました。

結果として、「乗降中の事故」として保険が使えることになりました。

入院や治療に関する補償のほか、見舞金なども支払われることになりました。

突然の骨折で長期入院になったことで、治療そのものだけでなく、保険についても確認する必要があることを知りました。

保険の内容は契約によって違うと思いますが、「これは保険の対象にならないだろう」と決めつけず、確認してみることも大切だと感じました。

退院直前に、今度は母がコロナに

リハビリを続け、10月30日に退院することが決まっていました。

ところが、退院の2日前に病院から電話がありました。

母がコロナに感染したため、退院を延期することになったという連絡でした。

退院できると思っていたところで、思わぬ延期です。

結局、母が退院したのは11月7日でした。

2025年8月8日に転倒して大腿骨転子部骨折をしてから、約3か月。

母はようやく自宅に戻ってきました。

退院した翌朝、ここがどこなのか分からなくなった

家に帰った直後は、母もここが自分の家だと分かっていました。

私も、無事に家に帰ってこられて良かったと思っていました。

ところが、一晩寝て翌朝になると、様子が変わっていました。

母が、ここがどこなのか分からなくなっていたのです。

昨日まで入院していた病院と、今いる自宅との区別がつかなくなったようでした。

退院した直後には自宅だと分かっていたのに、翌朝には自分がどこにいるのか分からない。

私にとって、とても印象に残っている出来事でした。

その後は、家にいても「ここは病院なのか、ショートステイなのか、それとも家なのか」と混乱することが増えていきました。

昔の記憶と現在の出来事が入り混じる

母の認知の変化で、私が一番気になっているのは物忘れです。

以前なら覚えていたことを忘れてしまったり、同じことを何度も聞いたりすることが増えました。

そして退院後は、物忘れだけではなく、時系列の記憶が混ざってしまうことも増えました。

今の出来事と、ずっと昔の出来事が入り交じって話になることがあります。

母は子どもの頃、岡山に住んでいました。

その頃の記憶と現在の生活が入り混じっているように感じることがあります。

今住んでいるところも、神戸なのか岡山なのか、曖昧になることがあります。

私たちは現在神戸で暮らしていますが、母の中では昔住んでいた岡山と、現在の神戸での生活が入り交じっているようです。

こうした変化を、毎日一緒に生活している中で感じています。

入院を境に、認知の変化がさらに気になるように

母は以前から認知の傾向があると言われていました。

最初の転倒で動けなくなった頃から、私から見ても認知の変化が進んだように感じていました。

そして今回、約3か月という長い入院生活を経験しました。

退院後は、以前よりも物忘れや記憶の混乱が目立つようになりました。

もちろん、私自身が「入院が原因で認知機能が低下した」と判断することはできません。

ただ、長年一緒に生活してきた家族として、入院前と退院後で母の様子が変わったと感じていることは、記録として残しておきたいと思います。

今は、こうした変化についても医師に相談しながら、母の状態を見ていくことにしています。

おわりに

2025年8月8日の転倒から始まった今回の入院は、約3か月に及びました。

骨折、手術、リハビリ、私自身のコロナ感染、母のコロナ感染による退院延期。

振り返ると、本当にいろいろなことがありました。

そして退院してからは、母の認知の変化をこれまで以上に感じるようになりました。

介護をしていると、その時その時は目の前のことに対応するだけで精一杯です。

でも、こうして振り返って書いてみると、母の状態がどのように変化してきたのか、自分自身でも整理することができます。

これからも母との生活の中で起きたことを、できるだけその時の記録として残していきたいと思います。

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